その距離20㎝、なぜ僕らは遊ぶ相手を欲しがるのに動かないのかを考える




どうも不自由なYPです。

ふとツイッターなどを見ていると
「遊戯王出来る友達が欲しい」
と嘆いている声がチラホラ。

例えば地元では友人たちと遊んでいたYPが就学や就職のタイミングで上京した際。
そろそろ環境やスケジュールに慣れ「いっちょ遊戯王再開すっか!」
と思った時にまず困るのが「相手探し」

カードゲーム全般に言えることかもしれませんが、これが中々にしんどい。
そんな方に読んでもらいたいです。

何かを求める割には僕らは何かを起こさない。



ツイッターで上記の様に「遊戯王友達ほしい」と呟いたところで「声がかかること」というのは少ないと思います。

これは仕方のないことで呟いた方がどれほど素晴らしい方でもネット上で素性の見えない人と会うのは非常に怖いことであるのは間違いなく、一般的なネットリテラシーを持つ人は声をかけません。

とはいえ、声をかけなければ遊戯王友達ができるということもなく、公認非公認の大会などで初対面の人と一時遊んで「では、さよなら」とかあるあるですよね。

ここで提唱したいのが、「自分が住むところ周辺のグループに参加してみる」ということ。

例えば僕は関西全域(兵庫、大阪、奈良など)に住む遊戯王で遊びたい人が集まるグループに参加していますが、絶対にオススメです。

大阪だと集まる場所はやはり都市部の日本橋というところになりますが人数が150人以上いるため「いつでも誰か一人は必ず日本橋にいる」状態。

仕事の時間など人と合わない場合でもそういった人たちがいるため遊び相手に困ることが無くなります。

こういったグループに参加することもひとつの行動ですね。


例えばストレージを漁っていたとしよう。



地元で通うカードショップを思い浮かべてください。

都会と違い、シングルの価格も押さえ目でこじんまりとしたカードショップ。

は仕事を定時に終えるもデッキパーツを集めるためにその店へ足を運んだ。
定時に終えたのは実は計算済みであり、大会などがあればすぐに参加しようとデッキも持参していつでも遊べる支度で店のストレージコーナーへ行く。
自分と年齢のそう遠くない人たちが楽しそうにテーブルを囲みワイワイガヤガヤと耳障りな笑い声をあげる。
「俺も混ざりたいなあ」と思いながら、声をかけられずモヤモヤ。
小学生のころは誰だろうとすぐに声をかけデュエルしていたが社会人となった今はそんなことはできない。
今日もまた「おかえり」と迎える声もない、暗い部屋の電気をつけ一人でデッキを回すか。
そんなことを考えていると隣に歳の近そうな男が現れる。

そのは大学進学のため地元から離れた地方都市の外れに住み、そこからほどなくして大学を中退しアルバイトを始めた。
地元では大会によく参加していたが自分の生活を守るために必死で働いた、大学中退の風当たりは強く就職は困難を極めたがなんとか安月給ではあるものの就職することができ安定し余裕が出始めたころ「久々に遊戯王でも始めようか」と思いカードショップに立ち寄った。
ショーケースにはまだ手が出そうにないカードが並んでいるのでとりあえず2000円で遊べれば良いだろうとストレージコーナーを目指す。
「でも遊戯王する相手がいねえなあ」
そんなことを思いながら先約の男と目が合い、紙の束に手を伸ばした。

その距離20㎝。

は目的のカードを見つけ嬉しそうに出ていき、誰も待たない部屋でデッキを回すでしょう。
は久々のカードに触れてみて改めてデッキをちゃんと組みたいと思うのかもしれません。

この二人の男は奇遇にも同じ場所、同じ時に、同じことを考えるんですよね。

「遊ぶ相手が欲しい」

この時、どちらかが「何かいいカードありましたか?」とか「どんなカード探してるんですか?」などの声をかけることが出来れば遊び相手になれたかもしれません。(もちろん人間性が合わないとかそういうことは置いといて)

これも一つの行動ですよね。


声をかけるだけで始まる関係も悪くない。

ただただ望むだけ、願うだけ、思うだけ、ではそれらは成就せず必ず行動しなければ結果はついてきません。

ナンパじゃないかと言われればそれで仕舞ですが、今何かしら行動一つするだけで僕らの交友関係だったり、未来だったりは大きく変わるのでは?と思ったりします。

まあ何が言いたいかと言うと、行動あるのみ。ということですね。






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